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zoom RSS スクリーンクォーター制度? アホか!!

<<   作成日時 : 2006/04/09 13:39   >>

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韓国で、韓流スターたちが「スクリーンクォーター制の縮小反対デモ」を
行っていたことは、まだ記憶に新しいところだと思います。

韓国の「スクリーンクォーター制度」とはなんじゃらほい?
それは、

韓国の映画館では、年間146日間は必ず韓国映画を上映しなければならない

という、自国映画保護政策のことです。

これをなんとかしろ!とアメリカから要請があり、
政治的おもわく(韓米自由貿易協定締結交渉)もあって、
韓国政府は146日→73日に縮小することにしたんですね。

これに韓国映画界と韓流スターが大反対したというわけなんです。
韓国映画を守れ!ということらしいですが、

あんたたちはアホですか

だって考えてみてくださいよ。
もし日本にこんな決まりがあったらどうですか?
映画館が年間146日間は絶対日本映画をかけないといけないことになったとしたら、

映画館も映画ファンも怒りますよ


さあ、今日の休みはひさしぶりに、ハリウッド大作映画でも観て盛り上がろうかな!
と思って映画館に出かけたら、ほとんどの映画館で

「こぎつねヘレン」しかやってません


なんてことになったら、どうしたらいいんですか!?

そんなことになったら必然的に、日本以外の映画が公開される機会が激減します。
ハリウッド大作はそんな中でもきっと公開されるでしょうが、
アジアやヨーロッパ、その他の国の秀作小品映画が
映画館で公開される機会がなくなると思いませんか。

チェコアニメ映画祭」とか「香港映画オールナイト!!」とか、
ちょっぴりマニアックで楽しい企画が、できなくなってしまうかもしれません。

いくら自国映画を保護するためとはいえ、こんな政策はいき過ぎというか、
ダメダメなのは明白です。
過保護は子供をダメにする
というのは世界の常識ですが、まさにこれこそ過保護政策というものでしょう。

現に韓国でも一般の人々の間では、スクリーン・クォーター制度にあまり
必要性を感じないという声が強いとか。
なぜならば、韓国映画はもう国際的にも充分成熟してきたし、
そこまで保護する必要はないと。

そうそう。「オールドボーイ」もカンヌでグランプリを取りましたよね。
「恋人が余命何ヶ月うんぬん」などという一連のクダラナイ映画はともかくとして、
韓国映画にも、いまや堂々と世界に打って出られる
秀作がたくさんあります。

要は、保護うんぬんを言う前に

「面白い映画を作ればいいじゃん」

ということだと思いません?
で、堂々とハリウッド映画と張り合えばいいじゃん!!

面白かろうが面白くなかろうが、ともかく146日間は
韓国映画がかかってます、ていう状態はヘタをすれば

どこのスクリーンにも余命何ヶ月の恋人たちがいっぱい

てことになるわけですよ(泣)
それが本当に自国文化の発展なんですか!?
んなわきゃーないじゃん!!

さらにあきれたことは、天下の『キネマ旬報』誌までが、
スクリーン・クォーター制支持論を載せまくっていることです。

たとえば2006年3月下旬号10ページの「キネ旬フロント」 では、
「スクリーンクォーター制縮小問題について 行動する韓国映画人」
と題して、韓国映画人を支持する記事が載っているし、

9ページの「映画が日韓をつなぐ」でも、
「自国固有の文化をどう守っていくか」と題して、
過去記事「 キネ旬の韓流ブームマンセーを憂う
で私が叩いたオッサンが、またまたアホ記事を書いているのです。
いわく、

実はこれ、日本映画界だって考えなければいけないことなのである。
アメリカ映画が世界を席捲する現状をどう受け止めるのかは、
すべての国々に共通のものだ。
昨秋ユネスコでアメリカ、イスラエル2国のみ反対の圧倒的多数により可決された
文化の多様性条約」は、各国固有の文化をどう守っていくかについて意識喚起するものだった。


なんか、論旨がメチャクチャじゃないですかこの文章。
アメリカの一国主義もまあ確かに困りもんですが、
スクリーンクォーター制度こそ、文化の多様性を阻む「韓国一国主義」じゃないんですか?!

上記過去記事にも書いたけど、最近のキネ旬には、
「日米の映画だけでなく、アジア映画にも注目しよう」という公平な意図を超えた
偏向した韓国びいきが明らかに感じられて嫌です。

ともかく、過剰な自国びいきというのは滑稽というか、非国際的というか、
はたから見ているとほんとにナンセンスでバカバカしいですね。
もっとも、私に言わせれば「ニッポン、チャチャチャ♪」なんて言うのも、
チンケな島国根性にしか見えないわけなんですが。

スクリーン・クォーター制縮小反対デモに先頭きって参加している
チャン・ドンゴンやらチェ・ミンシクやらイ・ビョンホンやらペ・ドゥナらの
スターたちの頭の中は、一体どうなっているのやら。
実は韓国映画、ひいては自らの首を締めていることに気づかないのかしら。
キネ旬に挙げられていた反対スターの名前の中に、
私の敬愛するソン・ガンホの名前が見当たらなくて、ほんとよかったなあ。
韓国でも、大多数の良識ある人々には、
何が正しいかちゃんと分かっている、ということだと思いますけどね。

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韓国語電子辞書
2006/04/09 14:27

コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
んー、どうなんでしょうか。自分は、アメリカさんが、映画を解放しろ、と要求するのは筋違いだと思ってます。アメリカつー国が、映画や音楽を使っての文化戦略、というのは間違いなく考えてるわけで。日本も一昔前は、映画や音楽を通して、すげー憧れを持っていたのは事実だし。今やはハリウッドサイコー、アメリカサイコー、なんて馬鹿はいないと思いますが。
反米感情は、日本よりはるかに高まっている韓国だからこそ、アメリカは要求してきてるわけだし・・・

ただ、中国にしろ韓国にしろ、反米・半日感情をあおるために、両国文化の流入を、なんだかんだ制限してる、つーこともあり。

そう考えると、どっちもどっち、だと感じてしまいます。少なくとも、日本が両者のような、ばかげた国家戦略をとらないよーに、と思っています・
おかぽん
URL
2006/04/10 01:38
おかぽんさん、こんにちは。
確かに私も、アメリカの高圧的な態度と、制度縮小のいきさつについては?な部分があると思います。でも、そもそも制度そのものの存在理由がどうなのよ?と思ったので、あえて暴言吐かせていただきました(笑)。

アメリカがアメリカの文化を他国に押し付けようとするのは間違いだけど、「文化の流入」を政府が阻止するってのは、どうなんでしょうね。少なくとも私たち観客は、いろんな国の文化に触れたいし、その中から自分にとっていいもの、好きなものを見つけ出したい…と思うわけで。

それに、面白くなくても韓国映画は一定数かかります、なんてのは、かえって自国文化の退廃をまねくように思います。ほんとにもう、韓国映画の難病ものにはもうウンザリ。ってかそんなくだらない映画、日本も輸入すんな!!(また暴言)
ぴむ
2006/04/10 14:55
んー、むずかしいとこですねぇ。でも私の意見としては「どっちでもいい」って感じです。これに関しては、いろいろ考え方やルールがあってもいいのかなと思ってます。すでに完全解放されてて、それを制限させるんなら大問題だと思いますが。でも元々なかったものなわけで、韓国の人が今の現状で問題ないなら、今のままでもいいんじゃないですかねぇ。
前提として、私は映画が好きではありますけど、同時に「所詮映画」とも常に思ってるので。緩和するか否かによって、韓国人の人生がどれだけ変化するかとか考えても、わからないですしねぇ。オープンな日本から見ると閉塞的ですけど、そうじゃない人からすると当事者以外はたいした問題じゃないのかもしれません。今私にも、触れていない知らない他国の文化がいろいろあるはずで、だから不幸か、質が悪いかとなると、それもわからないわけですし。
単純に解放をすすめることによって韓国の映画関係者(特に底辺の人)が失業するようなら、それは普通に守ってあげてもいいかなとも思います。少なくともアメリカの要請は、ほぼ政治的な意図しかない気はしますね。
uchi-a
2006/04/11 01:16
uchi-a さん、こんにちは。
ご意見ありがとうございます!
うーん、言われてみればそうですね、韓国も近年やっとこさ日本文化が解禁になったばかりの国だし、映画の完全自由化なんて、私たちが思っている以上に暴論なのかもしれないですね。
私も「たかが映画、されど映画」と思っていますけど、映画を純粋なエンタメおよびサブカルと捉えた場合、サブカルって激しい競争の中で面白いものが出てくる、って面もあるじゃないですか。サブカルやポップカルチャーこそ、保護や規制は似合わないように思うんですよね。
それに何より私が思うのは、映画人やスターはそんなデモやるヒマあったら、一本でも面白い映画を作っておくれ!なんてね。
ぴむ
2006/04/11 09:45
むずかしいですねぇ。完全自由化が理想ではあるでしょうが。
ちょっと違いますけど、日本の競馬で、実は外国産の馬って、内国産の馬に比べて出られるレースが若干限定されてるんですけど、あれに状況が似てますね。あれも日本の牧場の保護が理由ですけど。今は結構日本の馬も強くなって、だんだん緩くなってます。
あと私の場合、「切磋琢磨して面白い映画を作る」ということに、そこまで重要性を感じてないから、こういう意見になってしまうのかもしれませんね。競争してまで映画作ることもないと思うタイプなので。そこらへんが「所詮映画」ってことなんですけど。このへんは映画の好みにもよるかも!?
なんか、2つ合わせて1記事かけるぐらいの長文コメントになってしまいました。すいません。
uchi-a
2006/04/11 15:07
uchi-aさん、どうもです。
しょせん映画ではありますが、いやいやどうして。
結果論かもしれないけれど、映画監督にしても、作家にしても、はたまた漫画家やお笑い芸人も、ものすごい競争を生き残った人だけが世に出ているのだと思いますよ。それがなかったら、たとえばいまだに日本のマンガは、薄幸のバレリーナとかスポ根熱血とか良い子の教育マンガとか、そんなのばかりだったかもしれないし。
しかしこの問題、つきつめて考えると、映画は保護すべき伝統文化なのか、それとも単なるエンタメなのかという映画論にまでいきついてしまいますね。
それにしてもキネ旬は、ここにこうして皆さんが書いてくれたような議論もなしに、ただスターたちのデモの様子を取り上げて「彼らはがんばっているなあ。感動。」みたいな論調なのがイヤなのでした。ここのみなさんのご意見のほうが、よっぽど納得がいきますです。
ぴむ
2006/04/11 22:42
なんかこういう話、楽しくてしょうがないんです(笑)
結果的には競争かもしないけど、でも芸術的な分野のものって、あまり競争しすぎると平均化してしまうんではないかという気がして怖いんですよね〜。「大衆受け」みたいなことなんですけど。だから保護するメリットも結構あると思うんです。「競争しない良さ」というか。
世の中の映画が全てハリウッド的な映画で、「いい映画=興行成績」なのだったら、それは戦うしかないですけど(笑)
その点マンガの場合は、まずは作者の才能に問われる比重が映画に比べると大きい気がするので、また違うかも。いい漫画は拾われますし。
あと確かにキネ旬のコメントはよくわからないですね(笑)同情はしますけど。それよりアメリカ以外の国々が、この韓国のクォーター制をどう思っているのかが気になります。たぶんなんとも思ってない気がして…。
uchi-a
2006/04/12 20:16
これってよその国の制度なのに、なんでこうも盛り上がってしまうんでしょうか(笑)。ディベートのネタとしても、なかなか面白いですよね。キネ旬もその他媒体も、なんでもっと議論しないんだい?面白いのに(笑)

>でも芸術的な分野のものって、あまり競争しすぎると平均化してしまうんではないか

なるほどね! そういう一面もありますね。
たとえば国が保護しているNHKは、社会的に公平で中立で、信頼できる番組が作れる(はず)。
一方、視聴率競争の民放は、楽しくはあるけど結局は視聴者に迎合して内容が平均化・低俗化。
たとえるとしたらそういうことかしら。
映画だって競争ばかりではなく、「他の誰も作らないものを作る」という気概も重要ですよね。マンガ化の才能もしかり…。
このような規制をよその国はどう考えるでしょうね。韓国の規制がなくなれば、韓国での日本映画のシェアも確実に増えるでしょうから、日本もあながち無関係ではないこの制度…。
でもやっぱり長い目で見れば、世界を視野に入れた映画作りをしていこうとする場合、規制を取っ払ったほうがいいように思うんですけどね。
ぴむ
2006/04/12 23:41

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