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zoom RSS 世界人権デー/ 母たちの村(04・セネガル=仏)

<<   作成日時 : 2008/12/09 21:33   >>

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12月10日は「世界人権デー」。

「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、
尊厳と権利とについて平等である」で始まる「世界人権宣言」が、
1948年のこの日、パリで行われた第3回国連総会で
採択されました。
それを記念して1950年の国連総会で記念日になりました。


人権デーにふさわしい映画ということで、
こんなのはどうでしょう。

母たちの村

画像


【評価ポイント】




アフリカの巨匠、ウスマン・センベーヌ監督の遺作で、
アフリカの一部の国に今なお残る、女性器切除(FGM)の問題を
描いた異色作です。

アフリカ映画って日本ではなかなか見る機会がないもので、
映画の中の人々の暮らしぶりや風俗を見るだけでも、
とても新鮮なものがあります。
電気も水道もない土でできた家に住んでいたり、
一夫多妻だったり。
でも「母たち」はみんな仲良しで、
普段はのどかに暮らしています。

そんなある日、小さな女の子たちが、割礼の儀式を怖がって
コレという女性のところに逃げ込んでくるところから、
この映画は始まります。

この映画では FGM を女子割礼と呼んでいますが、
これは、従うべき村の伝統的な儀式、
という側面を強調するためでしょう。
それでも女子割礼とは、麻酔もなしに女性器全体を
抉り取って縫い合わせるという残酷なものである事実は
ぜひ知っておかないといけないです。

とはいっても、この映画には直接的な残酷描写はほとんど
ありません。ヒロインのコレも割礼を受けたせいで
お産が大変だったこと、割礼が元で死んだ子供も
少なからずいるということが示されるくらいです。

コレは「モーラーデ」という結界のようなものを自宅に張って、
子供たちを保護します。
モーラーデは神の聖域なので、これを乗り越えて
無理やり儀式を行うことは、
何人たりともできないということです。
こうしてコレの闘いが始まるのですが…。

最初のうちは、村の他の母親たちはコレの行動を
ただ黙って見守るばかりです。
割礼を受けない女性は「ビラコロ」といって不浄とされ、
結婚相手が見つからない。
自分の娘に、そんな将来は歩ませたくない・・・。

また、優しいコレの夫も、厳しい立場に立たされてしまいます。
村の男たちは彼に圧力をかけて、力づくでも
妻にモーラーデを解かせるようにと命じるのでした。

コレが夫から鞭で打たれても決意を変えない姿は
涙なしには見られません。
このたった一人の勇気と行動が、村の女たちを動かし、
やがて村全体を変えていきます。

ついに割礼師たちにナイフを捨てさせることに成功した
女たちは、喜びのあまり歌い叫びながら踊りだします。

そういえば、割礼のために子供を失った母親も、
泣きながら歌っていました。全身で悲しみを表しながら。
アフリカの人たちは、嬉しいときも、悲しいときも歌うんですね。

女性の尊厳と自由を求めた母たちの闘いは、
決して暴力に訴えることではなく、暴力に屈しないことでした。
本当の戦いとは、こういうことですよね。

この映画の最後にかかるテーマ曲の
女は産み、男は殺す」という歌詞が胸に突き刺さります。
本当にそうだ、なんて思いたくはないけれど、
大切なものを守るための戦いの意味を、取り違えることは
したくないものです。



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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
う〜〜ん…。
儀式が生まれる背景には、結構、土地の切実な都合がありそうなのですが…。
どんなことでも「拒否権が通じない」「選択の自由がない」ということが、最大の問題だと思っています。
「本当は…」という気持ちを抱えて生きてきた女たちの喜びの歌は、心を震わせてくれるでしょうね。
ソナム
2008/12/09 22:04
FGMは2000年以上も前から行われていたそうですが、起源はよくわからないそうです。でも、やはり女性に貞節を要求し服従させる、という背景が大きいようです。
やってることが乱暴すぎるので、保健衛生目的だったとはちょっと思えないですね。

「拒否権が通じない」「選択の自由がない」
というと、裁判員制度を思い出してしまいます。嫌な世の中になったもんだすなあ。
ぴむ
2008/12/10 20:26

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